中外日報に記事掲載

院生6名と一緒に行った水俣の報告。本当にいろんなことを学ばせていただいております。

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オウム事件死刑執行にコメント

共同通信配信で、『信濃毎日新聞』『静岡新聞』「京都新聞』等に掲載されたようです。執行について講義で触れた時に、はからずも「麻原さん」と言ったことに自分でも驚きました。しかし考えてみると、人生の中でたとえ質疑応答程度でも言葉を交わした人が死刑になるという経験はこれまでもなく、当然、厳粛な気持ちになり、思わず「さん」づけとなったのでしょう。

視標・オウム死刑執行・弓山達也東工大教授20180727静岡

水俣市の人々と自然の関係性

私たちは6月23日〜6月24日に弓山教授の前任校、大正大学の院生とともに熊本県水俣市を訪問しました。
事前学習で読んだ栗原彬さん著書「証言 水俣病」の中で、多くの方が子供達も含め、自分自身で釣った魚を主食とされていることが描かれていたため、水俣市は海に隣接した家が立ち並んでいるような印象を受けましたが、実際はスーパーや携帯ショップなどが並ぶ街があり、本当にこの土地で水俣の悲劇は起こっていたのか疑問を感じました。さらに水銀汚染の拡大を防ぐために明神地区が埋め立てられていましたが、これは決して海と水俣の人々の関係が途絶えてしまったという意味ではなく、今でも海岸で釣りを楽しんでおられる方がいらっしゃいました。
今回の訪問で水俣病の研究とは、人と人、人と自然の関係性について考える研究であると私は感じ、これは都市化が進む現代社会の問題への解決策を導く1つの鍵となるのではないかと感じました。(藤倉諒子)
写真は魚釣を楽しむ方が見られた茂道

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水俣市を訪問して

6月23日、24日の1泊2日で弓山教授、大正大学の院生の方々とともに熊本県水俣市を訪れました。大正大学と合同ゼミで石牟礼道子さんの『苦海浄土』について学び、情報を共有しました。教室で読むのとは異なり、現地での朗読を通して、今の自然豊かな街並みには想像できないほどの水俣病の痛み、苦しみ、思いのリアリティを実感しました。
市立水俣病資料館や水俣病センター相思社水俣病歴史考証館などを訪れました。市立水俣病資料館では、映像やパネルで解説するだけではなく、語り部さんの講話を通して、水俣病の実際の体験をお聞きすることができました。水俣病の症状のつらさや差別などの体験を聞き、学校の教科書や本だけでは学べないような人々の思いを感じられるお話でした。小学生と一緒に聴いていましたが、どの年代にも心響く講話だと感じました。
水俣病センター相思社水俣病歴史考証館では、当時の水俣病に関する資料が豊富であり、また資料館職員の方に丁寧な解説をして頂きました。職員の方は、水俣病のこと知ってもらうために、学校と連携したり、企業研修などに務めているそうです。その熱心さに驚き、私たちは水俣病の痛み・苦しみ・思いとどう向き合い、何ができるかということを考えさせられました。(三島航)
写真:宿泊した旅館の前の風景(芦北町)

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水俣訪問1日目−水俣市を歩く−

6月23日、24日の両日、弓山教授、大正大学・東工大の院生計8名で水俣を訪問しました。1日目は、大正大の院生と弓山教授による石牟礼道子『苦海浄土』の朗読とともに、百間排水口、出月・湯堂、茂道、水俣川、中尾山、明神を歩きました。水俣市は、海と山に囲まれた自然豊かな地で、エコパーク(埋立地)のような大きな公園もあります。
写真は中尾山から見た水俣であり、山からは市街と海とを一望することができました。事前学習時に用いた栗原彬『証言 水俣病』(岩波新書、2000)など、水俣病患者さんたちの声を記した文献や、被害者運動の写真からは、時折目を覆いたくなるような当時の事実を改めて痛感しました。しかし現在目に見えるのは、この地で取れた水銀による汚染魚が、人々の健康を侵していたとは考えられない美しい世界です。
各所での朗読は、事前に行った合同ゼミの際に教室で聞いたものより臨場感があり、現在の水俣の姿だけでは想像できない部分とリンクし、身に染みていくのを感じました。そして、宿泊先である芦北町の亀井荘における夕食はまさに魚づくしであり、刺身や煮付け、また天ぷらなど様々な調理法の魚を堪能しました。(宮脇絢子)

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